【2019年度・第3戦】木南陸上― 54秒14の中にあった、53秒台への設計図 ―

2019年度
2019年度東邦銀行1年目
この記事は約11分で読めます。

大会情報

大会名: 第6回木南道孝記念陸上競技大会
開催日: 2019年5月6
会 場: ヤンマースタジアム長居(大阪市)

レース結果

種目: 女子400m
記録: 54秒14
順位: 3位

松本奈菜子のコメント〔東邦銀行陸上競技部 公式サイトより〕

静岡国際で53秒台が出なかったので、木南では出すことを目標に走りました。

スタートから加速を大事にし、スッーと足を運んで250mまでは走ることがで きました。

しかし、そこから350mまで切り替えるところを300mでもう1回ギアを切り替えてしまったため、ラスト50mで動かなくなってしまいました。
後半のイメージをしながら練習していきたいです。

「53秒台を出す」明確な目的を持った一戦

松本は静岡国際(54秒45/4位)で53秒台に届かなかったことを受け、この木南記念を「53秒台を出すためのレース」として位置づけていた。

「静岡国際で53秒台が出なかったので、木南では出すことを目標に走りました。」

このコメントは、単なる調整試合ではなく、タイムを狙いに行く試行としてレースを組み立てたことを意味する。結果は54秒14で目標未達だったが、コメントを読む限り、内容には「前進」と「課題の特定」が同時に刻まれている。

前半〜250mは「スムーズに運べた」=改善の成果

松本は次のように振り返っている。

「スタートから加速を大事にし、スッーと足を運んで250mまでは走ることができました。」

静岡国際では、バックストレートで「セーブしてしまった」ことが終盤のキレを奪った。その反省を踏まえ、今回はスタート局面の加速を重視し、さらに250mまでを滑らかに運ぶ意識が明確に見える。

ここで重要なのは、「速く走れた」ではなく、力みを抑えて巡航へ移行できたという点である。53秒台を狙うには、前半で「頑張り過ぎる」のではなく、スピードを整えて乗せる必要がある。その意味で、250mまでの運びは、次のレベルへ進むための「正しい入口」になっていたと考えられる。

分岐点は300m地点:「ギアを切り替え過ぎた」

しかし、レースは250m以降で崩れる。

「そこから50mまで切り替えるところを300mでもう1回ギアを切り替えてしまったため…」

この一文には、失速の原因がほぼすべて含まれている。本来の意図は、250mからの50m(=250〜300m)で一段ギアを上げ、そのまま維持してラストへつなぐという設計だったのだろう。

ところが実際には、250〜300mでの「切り替え」が完遂されないまま、300m地点でさらにもう一段ギアを入れてしまった。

結果として、後半に必要なエネルギーを、最も苦しい局面で「前借り」する形になった。400mで起きやすい失敗の典型は、「上げるタイミング」よりも「上げた後の維持」を失うことである。木南の松本は、まさにこの課題に直面することとなった。

ラスト50mで止まったのは「体力不足」ではなく「配分の破綻」

松本は結論として、こう語っている。

「ラスト50mで動かなくなってしまいました。」

この現象は、単純なスタミナ不足というより、300m地点での過剰なギアチェンジ → 出力の早期枯渇 → 最後が止まる、という因果で説明できる。

静岡国際では「セーブ」して終盤が切り替わらず、木南では「切り替え過多」で終盤が止まった。

つまりこの2戦は対照的であり、同時に共通している。どちらも、後半の「勝負区間」で、最適な出力制御がまだ固まっていなかったという点で一致する。

「後半のイメージ」を作ることが、53秒台への鍵

松本は最後にこう結ぶ。

「後半のイメージをしながら練習していきたいです。」

ここで言う「イメージ」とは、250m以降にやるべきことを、迷いなく実行できる設計図である。

具体的には、250mで何を切り替えるのか(腕?接地?姿勢?)、300mで「さらに上げる」のではなく、何を「維持」するのか、ラスト50mに残すべき出力を、どの程度残すのか――このようなチェックポイントが、実戦の苦しさの中で自動的に出てくるレベルまで落とし込まれたとき、54秒前半は53秒台へ連続的につながっていくだろう。

総括

木南記念の54秒14は、53秒台に届かなかったという意味では「未達」である。しかし内容としては、静岡国際の反省を踏まえたうえで、前半の運びを整え、課題区間(250m以降)の失速要因を言語化できたレースだった。

そして何より重要なのは、松本が失速の理由を「体力的な限界」ではなく、「ギアの切り替えの場所と回数」として捉えている点である。

考察① 400mペーシング戦略の理論的枠組み

最適ペース配分の生理学的基盤

400m走における最適なペース配分は、三つのエネルギー供給システム――ATP-PCr系、解糖系、有酸素系――の時間的な動員パターンに規定される。生理学的には、最初の150mでATP-PCr系が枯渇し、150-300mで解糖系がピークに達し、300m以降は有酸素系の相対的寄与が増大する。

この代謝プロファイルから導かれる戦略的原則は、「前半の過度な加速を避ける」ことである。ATP-PCr系を100m以前に枯渇させると、解糖系への依存が早期化し、乳酸蓄積が200m地点でピークに達する。結果として、300m以降での致命的な失速を招く。世界トップ選手の分析では、前半200mと後半200mのラップ差が1.5-2.5秒程度に収まる「準イーブンペース」が最も効率的とされる。

「ギア切り替え」の運動制御学的解釈

松本が使用する「ギア切り替え」という表現は、運動制御理論における「制御パラメータの段階的な変更」を意味すると考えられる。具体的には、(1)ストライド頻度の増加、(2)接地時間の短縮、(3)腕振り振幅の拡大、(4)体幹前傾角度の調整――これらの運動学的変数を段階的に変更することで、走速度を調整する。

問題は、この「切り替え」が神経筋系に高い負荷を課す点である。新たな制御パラメータへの移行は、前頭前野の実行機能を動員し、注意資源を消費する。また、筋活動パターンの再組織化により、エネルギー効率が一時的に低下する。300m地点での「もう1回ギアを切り替えてしまった」という失敗は、この神経筋系負荷の累積による制御の崩れとして理解される。

考察② 静岡国際との対比――学習の往復運動

試行錯誤による探索空間の絞り込み

静岡国際での「セーブしてしまった」と木南記念での「切り替え過多」は、一見対照的な失敗である。しかし探索的学習の観点では、これは最適解への段階的な接近プロセスとして肯定的に評価される。

技能習得の理論では、初期段階において学習者は試行錯誤を通じて課題の構造を理解する。松本の場合、「セーブ」と「過剰加速」という両極端を経験することで、その中間に存在する最適ペースの「探索空間」が絞り込まれたと推察される。

この種の探索は、言葉による指示だけでは実現困難である。実際にレースで「やり過ぎる」「足りない」という身体的・感覚的なフィードバックを得て初めて、最適な制御パラメータが体の感覚として校正される。脳科学的には、大脳基底核における「報酬予測誤差」学習メカニズムが、この校正を担う。

エラー分析の精度と学習効率

重要なのは、松本がエラーの原因を精緻に分析している点である。「ラスト50mで動かなくなった」という現象を、「体力不足」ではなく「300mでのギア切り替え過多→出力の早期枯渇」という因果連鎖として捉えている。

失敗の原因をどう捉えるかは、その後のパフォーマンスに影響する。「体力不足」という捉え方では、「もっと走り込む」という量的な対応を導く。これに対し、「ギア切り替えのタイミング」という捉え方は、「250-300m区間の制御精度向上」という質的な対応を導く。後者の方が、400m特有の技能向上に直結する。

この種の精緻な分析能力は、浜松市立高校での「理解重視」文化、筑波大学での科学的なトレーニング環境、および東邦銀行での専門的指導が育成したメタ認知能力の表れであると考えられる。

考察③ 250m以降の制御課題――生理学的・心理学的二重負荷

乳酸蓄積ピーク期における認知的制御

250-300m区間は、生理学的に極めて過酷な局面である。無酸素系エネルギーから生まれる乳酸の蓄積が高まり、筋肉が酸性の環境に置かれる。この状態では、筋収縮の速度が低下し、痛みへの感受性が高まる傾向がある。

同時に、この区間では心理的にも「非常に苦しい」と認知されやすい。400mにおける主観的な努力感は、250-300mで高い値に達するとされる。この二重の負荷――生理学的疲労と心理学的苦痛――の中で、精密な運動制御を維持することが、400m後半の重要な要素となる。

松本が「300mでもう1回ギアを切り替えてしまった」背景には、この苦痛を回避したいという欲求が作用した可能性が考えられるかもしれない。「今加速しなければ失速する」という焦燥感が、戦略的には不適切な加速を誘発する。これは、意識的な判断を司る脳の領域が、苦痛や不安といった感情信号により影響を受ける現象として理解される。

自動化と意識的制御のバランス

理想的には、250-300m区間での制御は「半自動化」されることが望ましい。完全に自動化されると、状況変化(風向、他選手の動き)への対応が難しくなる。逆に、完全に意識的なコントロールでは、頭で考えることが多すぎて、技術的な崩れを招く。

運動学習の理論では、「身体で覚えた知識」と「頭で理解した知識」の統合が、この半自動化を実現するとされる。松本の「250mで何を切り替えるのか(腕?接地?姿勢?)」という問いは、頭で理解する知識を明確にするプロセスである。この知識が反復練習により身体に染み込めば、意識的な注意を最小限に抑えながら、適切な動きの変更が実行されるようになるだろう。

考察④ 「後半のイメージ」の認知的構造

メンタルシミュレーションの神経基盤

「後半のイメージをしながら練習していきたい」という松本の言葉は、メンタルプラクティスの重要性を示唆している。メンタルプラクティスとは、実際の身体運動を伴わず、動作を心の中でシミュレートする訓練である。

脳科学的には、動作を頭の中でイメージすると、実際に身体を動かす時と部分的に同じ脳の領域が活性化する。この「機能的な類似性」により、メンタルプラクティスは実際の技能向上に役立つ。特に、複雑なタイミングや順序のコントロールが必要な動作では、頭の中でシミュレーションすることが、戦略的な計画を磨くのに有効とされる。

予期的制御と反応的制御の統合

400m後半のコントロールは、「予期的制御」と「反応的制御」の組み合わせを必要とする。予期的制御とは、事前に計画された動きのプログラムを実行することであり、反応的制御とは、その場の身体感覚に基づいて即座に調整することである。

松本が作るべき「後半のイメージ」は、単なる固定的なプランではなく、「もし250mで予想より速ければ→300mで調整する」「もし疲労が強ければ→姿勢維持に集中する」といった条件分岐を含む柔軟なシナリオである。この種の適応的なシナリオを身につけるには、様々な練習条件(風向、疲労度、ペース設定)で試すことが必要となる。

考察⑤ 言語化能力と技能向上の相関

明示的知識の形成と技能の転移可能性

松本のエラー分析が示す高度な言語化能力は、技能向上の加速要因となる。動作を言語化できる学習者は、(1)エラー修正が迅速、(2)異なる状況への転移が容易、(3)長期間にわたって技術を保持できる――という特性を示すことが知られている。

「300mでもう1回ギアを切り替えてしまった」という分析は、時間的・空間的に極めて具体的である。この具体性が、練習での再現と修正を可能にする。漠然と「後半で失速した」という認識では、具体的な改善策が導出されない。

指導者との共通言語形成

言語化能力のもう一つの効用は、指導者とのコミュニケーション効率向上である。松本が「ギア切り替え」という概念を使用することで、指導者は具体的な技術的助言(「250mでの切り替えは腕振りの振幅拡大に限定し、接地パターンは維持する」など)を提供できる。

学習者の現在水準をやや超える課題設定が最も効果的とされる。松本の言語化能力が高いほど、指導者は彼女の現在水準を正確に把握し、最適な指導を提供できる。

考察⑥ 53秒台突破への技術的・心理学的条件

生理学的余地の定量評価

松本の54秒14という記録から53秒台(例えば53秒90)の1.24秒短縮は、生理学的に実現可能な範囲である。400mにおける1秒以上の短縮は、概ね以下のいずれかにより達成される。

  • 前半200mを0.3-0.5秒短縮し、後半の追加失速を0.2秒以内に抑制
  • 後半200mでの失速を0.8-1.0秒抑制(技術的・生理学的効率向上)
  • 前半と後半の複合的改善

松本の場合、現状の課題(300m以降の出力制御)が解決されれば、後半での0.5-0.8秒程度の改善が期待できると考えられる。さらに、250mまでの「スムーズな運び」を維持しながら前半を0.3-0.5秒短縮できれば、53秒台中盤への到達が視野に入る。

心理的閾値の突破――自己効力感の臨界点

記録更新において、生理学的能力と同等に重要なのが心理学的な「閾値突破」である。アスリートが特定の記録(400mでは54秒の壁、53秒の壁)に長期間停滞する現象は、生理学的限界ではなく、心理学的な「自己制限」に起因する場合がある。

松本の「53秒台を出す」という明確な目標設定は、この心理的閾値に挑戦する試みである。目標設定理論では、具体的で測定可能な目標(53秒台)が、抽象的な目標(速くなる)よりも動機づけ効果が高いとされる。ただし、目標が過度に困難と認識されれば、逆に回避行動を誘発する。

松本が54秒14を記録した事実は、53秒台が「困難だが達成可能」な範囲にあることを示している。自己効力感理論における「達成経験」の蓄積により、次回レースでの心理的余裕が増し、緊張からくる力みによる技術的な崩れが防がれる。

結語――失敗の中にある成長の軌跡

木南記念の54秒14は記録としては目標未達であるが、学習プロセスとしては極めて生産的であった。静岡国際での「セーブ」、木南記念での「切り替え過多」という対照的なエラーを経験することで、最適ペースの探索空間が絞り込まれた。そして何より重要なのは、松本がエラーを精緻に言語化し、具体的な改善策を導出している点である。

技能向上は、線形的な量的増加ではなく、試行錯誤を通じた質的な再構造化である。一時的な記録停滞や失敗は、この再構造化プロセスの不可避的な要素である。松本の事例が示すのは、失敗そのものが問題ではなく、失敗から何を学ぶかが決定的であるという原則である。

「後半のイメージを作る」という課題は、単なる心理的準備ではなく、予期的制御スキーマの神経基盤構築を意味する。この種の認知的・神経的な再構造化には時間を要するが、一度確立されれば持続的な競技力向上を可能にする。

木南記念は、53秒台への「設計図」が明確化された決定的な一戦として、松本の競技史に刻まれるだろう。そしてこの経験は、松本が後に目指すことになる世界水準への道において、ペーシング戦略の精緻化という重要な学びを提供したのである。

参考資料:後日掲載します。

 

※本記事は、公式記録および関係団体の公式発表、陸上競技専門メディアの公開記事、ならびに信頼性の高い報道・Web記事を参考資料として作成しています。記事中の競技分析および考察は、運動生理学・スポーツ科学等の知見に基づく筆者の見解であり、松本奈菜子選手、関係者の方々の見解や立場を示すものではありません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました