【2023年度:第1戦】第107回日本陸上競技選手権大会――怪我からの復帰初戦後に抱いた「ここから」という思い

目次

大会情報

大会名: 第107回日本陸上競技選手権大会
開催日: 2023年6月1日~4日
会 場: ヤンマースタジアム長居(大阪市)

レース結果

種  目:女子400m
記  録:54秒43
順  位:4位
備  考:予選 54秒35〔 2組1着 〕

( 出典:東邦銀行陸上競技部 公式サイト「大会日程・結果」
( 出典:日本陸上競技連盟「第107回日本陸上競技選手権大会」結果・速報

松本奈菜子のコメント

年末の怪我で調整がギリギリになってしまいましたが、日本選手権までに色々な方のサポートがあり、出場することができました。
その中で、自分の出来る限りの練習はできたと思いますが、試合に出れば幾つもの改善点が見つかり、悔しい気持ちでいっぱいです。
ここからだと思うので、気持ちを新たに次の目標に向けて自己記録を更新していけるようにします。
応援ありがとうございました。

( 出典:東邦銀行陸上競技部 公式サイト「大会日程・結果」選手コメント

考察①舟状骨疲労骨折という、アスリートにとって特に重い負傷

2022年末、松本奈菜子は左足の舟状骨に疲労骨折を負った。舟状骨は足の甲の内側、土踏まずのアーチを支える要となる小さな骨であり、アスリートにとって走行時の衝撃を吸収し、推進力を地面へ伝える上で重要な役割を担う部位である。

この部位の疲労骨折は、陸上競技においては特に治療が難しいことが知られている。骨折線が判別しにくく発見が遅れやすいこと、血流が乏しい部位であるため骨の癒合に時間を要すること、そして治癒が不完全な状態で復帰すると再骨折のリスクが高いことから、慎重な経過観察と長期にわたる安静が必要とされる。

考察②冬の不安の中にあった明るさ――ブログ「私のブーム」が語るもの

2023年2月6日、松本は公式サイトに「私のブーム」というタイトルのブログを投稿している。節分の日に恵方巻きを楽しみ、福島式の豆まき(落花生)を地元静岡のやり方と比べて「面白いなと思いました」と綴る、何気ない日常の風景から始まるこのブログ。しかしその後半では、当時の練習内容について語られている。

上肢、特に肩甲骨周りのトレーニングに力を入れていたこと。綱を引いたり登ったりという新しい練習に取り組み、1週間ほどで肩周りに変化を感じられたこと。「自分で見える変化があると、そこからトレーニングは楽しくなっていきます」という言葉には、負傷による制限のある中でも前向きに練習に向き合う姿勢が表れている。

そして松本はこうも書いている。冬季練習は試合という成果を発揮する場がないため、自分自身で変化を感じない限り不安になってしまうものだと。それでも、「しつこく諦めずやっていきたい」という言葉で、このブログを締めくくっている。

舟状骨の骨折を抱えながらのこの時期、本来であれば走り込みを重ねる冬季練習ができない状況にあったことを思うと、上肢のトレーニングに焦点を当てて変化を見出そうとするこの姿勢には、制約の中でできることを最大限に探そうとする強さが感じられる。明るい筆致の奥に、走れないことへの不安と、それでも前を向こうとする意志が同時にあったのではないかと思われる。

考察③4月、仲間の出発を聞きながら――ブログ「進化」に見る、自分のペースで進む覚悟

2023年4月21日のブログ「進化」では、チームメイトたちが続々とシーズンインしていく様子が綴られている。「チームのみんなの頑張りはとても励みになります」と語る松本は、その先で「来るべき時までにできる準備をとことんして、その日を迎えたい」と書いている。

仲間たちが次々とレースに出場していく中で、自分はまだそのスタートラインに立てていない。その状況を松本がどのような気持ちで受け止めていたのかは、想像するしかない。しかしこのブログから伝わってくるのは、焦りよりも、自分のやるべきことへの集中である。

実際にこのブログでは、右の骨盤が左に比べて下がっており、右足の接地時に体幹で十分受け止めきれていなかったという、技術的な発見が詳しく語られている。ウォーミングアップの段階で右の体幹に意識的に刺激を入れ、骨盤の左右差を確認してから走り出すようになったことで、「ちゃんと体幹に乗れているぞ!」という実感を得られたという。

仲間たちのシーズンインを横目に、自分の身体とじっくり向き合う時間を過ごしていたこと。この技術的な深まりは、怪我によって生まれた「待つ時間」を、ただ耐えるだけの時間にしなかった松本の、前向きで主体的な姿勢を物語っている。

考察④復帰後の初戦が、日本一を決める大舞台だったということ

通常であれば、長期離脱からの復帰戦は、地方大会や記録会といった比較的負荷の少ない舞台が選ばれることが多い。しかし松本にとって2023年シーズンの初戦は、日本選手権という、日本で最も重みのある大舞台であった。

2月のブログで語られていた冬季練習の不安、4月のブログで語られていた準備の時間。それらすべてを経て迎えた初戦が、日本一を争う舞台だったという事実は、決して理想的な復帰の形ではなかったはずである。スタートラインに立つまでの不安や緊張は、健康な状態で迎える大会とは比較にならないほど大きなものであったかもしれない。

「年末の怪我で調整がギリギリになってしまいましたが」という言葉の背後には、本来望んでいた準備の形とは異なる状況の中で、それでもこの舞台に立つことを選んだ松本の強い意志が滲んでいるのではないかと感じられる。

考察⑤「出場することができました」という言葉に込められたもの

レース結果は54秒43で4位。2022年に記録した自己新記録の52秒56という記録から見れば、大きく水準を下回るものである。しかし松本のコメントは、まず「出場することができました」という、出場できたこと自体への感謝から始まっている。

これは、勝つことを前提に大会へ向かう通常のレースとは異なる心境の表れではないかと思われる。トレーナーや医師、コーチ、チームメイトなど、多くの人々の支えがあって初めてこの舞台に立つことができたという認識が、この言葉には込められているのではないだろうか。

そして「試合に出れば幾つもの改善点が見つかり、悔しい気持ちでいっぱいです」という言葉。万全ではない身体で実戦に臨んだことで、自分でも気づいていなかった課題が次々と浮かび上がってくる。その悔しさは、通常のシーズン中に感じる悔しさとは少し違う種類のものだったのではないかと推察される。

考察⑥レースを終えて綴った「初戦を迎えて」――いつもと違う冬を肯定的に受け止める言葉

レースから1週間ほど経った6月9日、松本はブログ「初戦を迎えて」を投稿している。「結果としては納得のいくものではありませんでしたが、日本選手権に出場するために最善を尽くしてこれたと思っています」という言葉から始まるこのブログには、レース直後の上記のコメントよりもさらに深い振り返りが綴られている。

特に印象深いのは、「いつもと違うから悪いと決めつけることは違うんだなと思いました」という一文である。年末の怪我により、いつもとは違う形の冬季練習が必要とされたこと。それを「いつもと違う=良くない」と結論づけるのではなく、その中でも自分なりの目標を持って取り組めたことを、ひとつの収穫として捉えている。

怪我という困難な状況を悲観することもなく、自分にとっての学びとして言葉にできる強さ。この振り返りの姿勢こそが、松本という競技者の核心にあるものではないかと感じられる。

考察⑦「ここからだと思うので」という言葉が示す、静かな決意

そして松本はレース後のコメントを「ここからだと思うので、気持ちを新たに次の目標に向けて自己記録を更新していけるようにします」という言葉で締めくくっている。怪我による長期離脱により理想とは違う形での初戦となりながらも、その結果に留まることなく、すでに次へ歩み出している。この言葉には、苦しい時期を越えてきたからこそ生まれる、確かな決意が込められている。

解説――日本陸上競技選手権大会について

日本陸上競技選手権大会(Japanese Athletics Championships)は、陸上競技の日本一を決める大会である。日本陸上競技連盟が主催し、トラック競技・フィールド競技の男女合計36種目を実施する。単に「日本選手権」とも呼ばれる。

第1回大会は1913年11月、「第一回全国陸上競技大会」の名で開催された。以来100年以上にわたって継続的に開催されてきた、日本の陸上競技界における最も歴史ある大会のひとつである。

毎年6月に開催され、夏季オリンピック・世界選手権などの国際大会開催年は日本代表の選考会を兼ねており、選手たちにとって特別に重要な意味を持つ大会となっている。参加資格は原則として日本国籍を有する日本陸連登録競技者に限られており、参加標準記録を突破したトップアスリートのみが出場できる。

解説――ヤンマースタジアム長居について

ヤンマースタジアム長居は、大阪府大阪市東住吉区の長居公園内に位置する陸上競技場兼球技場である。正式名称は「長居陸上競技場」。1964年に開場し、1996年に拡張全面改修が行われ、現在の形となった。

日本陸上競技連盟第1種公認陸上競技場であり、地上5階建てのスタジアムで収容人数は約5万人。スタンドの頭上を覆う曲線の屋根はそれを支える柱を必要としない構造で、すべての席からフィールドやトラックを遮られずに見渡すことができる。400m×9レーンのトラックと107m×71mの天然芝フィールドを有している。

陸上競技においては、日本陸上競技選手権大会が1996年・2007年・2012年・2017年・2021年・2022年・2023年と複数回にわたって開催されており、日本の陸上競技界における主要な舞台のひとつとして、長年にわたり親しまれている。

国際大会としては2007年世界陸上競技選手権大会の会場となったほか、例年大阪国際女子マラソンの発着点としても使用されるなど、陸上競技の歴史において特別な位置を占めるスタジアムである。また2002年FIFAワールドカップの開催地ともなり、サッカーをはじめ多岐にわたる国際スポーツイベントの舞台としても知られている。

現在の「ヤンマースタジアム長居」という名称は、2014年3月1日から、セレッソ大阪の母体企業でもあるヤンマーが命名権を取得したことによるものである。

※本ブログは、公式記録および関係団体の公式発表、陸上競技専門メディアの公開記事、ならびに信頼性の高い報道・Web記事を参考資料として作成しています。記事中の見解および考察は運動生理学・スポーツ科学等の知見に基づく筆者の見解であり、松本奈菜子選手本人、東邦銀行陸上競技部、および関係諸団体の見解や立場を示すものではありません。
※本記事に掲載の地図は、Google マップの埋め込み機能を利用して表示しています。
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次