【2019年9月・特別編】ドーハの空気が刻んだもの― 走れなかった世界選手権と、次の舞台に立つための視座 ―

2019年度
2019年度東邦銀行1年目
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大会概要

大会名: 世界陸上競技選手権大会 DOHA2019
開催地: カタール・ドーハ
開催期間: 2019年9月27日ー10月6日
種 目: 混合4×400mリレー日本代表
結 果: 出場機会なし

日本は〔青山聖佳 – 若林康太 – 田村朋也 – 髙島咲季〕の走順で予選を戦った。3分17秒77で日本最高記録だったが、2組8着で決勝には進めなかった。

世界選手権の舞台に立った代表選手として

2019年9月27日から10月6日にかけて、カタール・ドーハで開催された世界陸上競技選手権大会。松本奈菜子は、この世界最高峰の大会に「混合4×400mリレー」日本代表メンバーとして名を連ねた。

筑波大学陸上競技部の公式ブログでもこの選出は大きく取り上げられ、「かつての切れ味が戻りつつあるので、前半から思い切った飛び出しで貢献してほしい」という期待の言葉が送られている。

大学時代から苦しみを抱え、社会人1年目のシーズンを通して模索を続けてきた松本にとって、世界選手権代表という肩書きは、確かに積み上げてきた歩みの延長線上にあった。

出場機会はなくとも、失われなかった意味

しかし結果として、松本にレース出場の機会は巡ってこなかった。今大会から正式種目として採用された混合4×400mリレーは、戦略性と経験値が強く問われる舞台であり、起用の判断は極めてシビアだった。

帰国後、松本は自身のブログに率直な心境を綴っている。

選手としては走れなかったので残念な気持ちですが、とても貴重な体験をさせていただきました。テレビで見ている感動より、肌で感じる感動の方が比べものにならないくらい素晴らしく、次こそは走れるように強くなりたいと心から思える時間となりました。

さらに松本は、「限られた時間しかありませんが、長期的な計画から、その為に今は何をしなければならないのかをちゃんと見つめたい」と記している。

スタートラインに立てなかったという事実と、世界の只中に身を置いたという経験。この二つを同時に抱え込んだ時間こそが、松本にとって大きな財産となった。

「肌で感じる」という体験の価値

スポーツ心理学における「観察学習(observational learning)」理論では、トップレベルの競技を直接観察することが、技術的・戦術的・心理的な学習を促進するとされる。世界選手権の会場に立つこと、選手村で世界のトップアスリートと同じ空間を共有すること、ウォーミングアップエリアで世界記録保持者を間近に見ること――これらの体験は、テレビ中継では決して得られない。空気、緊張感、圧倒的なレベル――すべてが身体を通じて刻み込まれる。

この種の「身体化された学習」は、言語化は困難であるが、競技者の認知と行動に深い影響を与える。松本の「次こそは走れるように強くなりたいと心から思える」という言葉は、この身体化された学習の結果である。

女子400m決勝が示した「世界の速度」

今大会の女子400m決勝は、歴史的なレースとして語り継がれる一戦となった。

前回大会2位のサルワ・イド・ナセル(バーレーン)は、自己ベストを大幅に更新する48秒14をマークし、世界歴代3位という衝撃的な記録で金メダルを獲得。リオ五輪覇者のシャウネイ・ミラー=ウイボ(バハマ)も48秒37(世界歴代6位)という自己最高の走りで応戦したが、この日はナセルの勢いが勝った。

48秒台が当たり前のように並ぶ世界の最前線。松本が大会会場で見つめたこの決勝は、単なる「凄いレース」ではなく、女子400mという種目が到達している「現実」そのものだった。

48秒14という数値が示す絶対的距離

松本の2019年シーズンベストは53秒70である。ナセルの48秒14との差は5.56秒――これは400mという距離において、圧倒的な差を意味する。

単純計算すれば、ナセルが400mを走り終えた時点で、松本はまだゴールまで約55m残っていることになる。この物理的距離が、世界トップと日本トップの現実的な差である。

しかし重要なのは、この差が「見えてしまった」点である。見えない差は目標になり得ないが、見えた差は目標になる。48秒14という数値は、松本にとって遠い夢ではなく、具体的な到達点として認識された。

ナセルの歩みと、重なる「時間の意味」

ナセルは、バーレーン人の父とナイジェリア出身の母の間に生まれ、幼少期をナイジェリアで過ごした。16歳でバーレーンに国籍を変更するも、その道のりは決して平坦ではなかった。

リオ五輪直前の足首骨折。幼少期に交通事故で負った同じ箇所の後遺症。突然訪れた試練に、彼女は一晩中泣き続けたという。

それでも母の励ましを受け、彼女はこう語っている。「それからは、何が起きても、すぐに対処できるようになった」

18歳で逆境への向き合い方を学び、世界の頂点へと至ったナセルの歩みは、才能だけではなく、「時間の使い方」「耐える力」によって築かれたものだった。

挫折からの回復という共通項

ナセルの足首骨折からの復帰と、松本の大学時代の苦しみからの再起――両者の経験には、時期も程度も異なるが、「一度崩れたものを再構築する」という共通の構造がある。

スポーツ心理学における「レジリエンス(resilience)」理論では、逆境からの回復過程が、アスリートの精神的成熟と競技力向上に寄与するとされる。ナセルの場合、リオ五輪直前の骨折という最悪のタイミングでの挫折が、かえって「何が起きても対処できる」という心理的強靭さを育てたと考えられる。

松本もまた、大学時代の苦しみ、社会人1年目の試行錯誤を経て、「なぜ走れなかったのかちゃんと考えたい」という省察的姿勢を獲得している。この姿勢こそが、長期的な競技力向上を可能にする。

ドーハで交差した二つの現在地

ドーハ世界選手権で、ナセルは世界の頂点に立ち、松本は走ることなく大会を終えた。結果だけを切り取れば、両者は対極にあるように見える。

しかし、

  • 世界の基準を「肌で知った」松本
  • 逆境を越え、なお進化を続けるナセル

この二つは、「今どこに立っているか」という一点において、確かにつながっている。

走れなかった悔しさと、感じ取った圧倒的なレベル。その両方を抱えたドーハでの時間は、松本にとって次のスタートラインをより明確にしたはずである。

「長期的な計画」という時間感覚の獲得

松本がブログで語った「限られた時間しかありませんが、長期的な計画から、その為に今は何をしなければならないのかをちゃんと見つめたい」という言葉は、極めて重要である。

これは、短期的な結果(次の大会で勝つ)ではなく、長期的な到達点(世界で走る)から逆算して現在の行動を決定する思考様式――スポーツ科学における「逆向き設計(backward design)」――を示している。

世界で戦うレベルに到達するには、53秒台から1秒ずつ短縮していくだけでは不十分である。トレーニング体系、技術体系、競技に対する認識――すべてを世界基準で再構築する必要がある。ドーハでの経験は、この再構築の必要性を、理屈ではなく身体で理解させた。

総括――走れなかったからこそ、見えたもの

ドーハ世界選手権は松本奈菜子にとって、世界の速度、世界の覚悟、そして世界で戦うために必要な時間感覚を、静かに刻み込む大会だった。

走れなかったからこそ、見えたものがある。ナセルの48秒14は、松本がこれから積み重ねていく日々の「方向」を示す灯だった。

スポーツキャリア発達理論における「critical incident(決定的出来事)」の観点から見れば、ドーハでの経験は、競技者の認識と行動をさらに変容させる転換点となり得る。出場できなかったという挫折と、世界を肌で感じたという学習――この二重の経験が、2019年シーズン後半の「走りきれなかった」という自覚と結びつき、2020年シーズンでの飛躍を準備する。

2019年全日本実業団での「53秒前半を出すために来た」という言葉、国体での「走りきれない」という自覚、そしてドーハでの「次こそは走れるように強くなりたい」という決意――これらはすべて、世界基準での自己評価という一本の軸でつながっている。

ドーハの空気が刻んだもの。それは、敗北感ではなく、次に立つための明確な視座である。

参考資料:後日掲載します。

※本記事は、公式記録および関係団体の公式発表、陸上競技専門メディアの公開記事、ならびに信頼性の高い報道・Web記事を参考資料として作成しています。記事中の競技分析および考察は、運動生理学・スポーツ科学等の知見に基づく筆者の見解であり、松本奈菜子選手、関係者の方々の見解や立場を示すものではありません。

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